「まだ手を出してない!?」 昼過ぎのロケ現場に香取の鍛えられた声が響きわたった。 「声がでかい!」 山本は周囲を見渡すように目配せし、誰も聞いていないことを確認すると、 目の前に座る香取を睨んだ。 「・・・すみません」 香取は素直に頭を下げた。 しかしすぐに顔を上げると、やや興奮気味に尋ねる。 「１っっ回も無いんですか？」 「・・・何回か出そうとしたことはある。でも失敗した」 憮然とした表情で答える山本は、さも面白く無さげに足下の石を蹴り飛ばした。 ジャリっという音とともに乾いた音が響き、小石が弧を描く。 その石を見送り、再び香取が顔を向ける。 「どういう状況だったんですか？」 「・・・すごいこと聞くね」 「自分でその話持ち掛けたんじゃないですか」 確かに。 山本は先刻休憩中の香取を捕まえて、何の前振りも無く出し抜けに話した。 言ってしまえば、それほどまでに追いつめられていたということだ。 パイプ椅子を引いて腰を下ろすと、山本は仕方がないといったように口を開いた。 「寝込みを・・・」 「うわ最悪」 まだ言い終わらないうちにキツイつっこみが入った。 「・・・」 「で、どうなったんですか？」 山本は先を促す香取をじと目で睨み、 その時のことを思い出すように顔を伏せると、目を閉じ、 「・・・泣かれた」 冷たい北風が吹き抜け、あたりが静寂に包まれる。 香取は、気の毒そうな顔で何を言うべきか考えあぐねていたようだが、ふと 「え、じゃあこの間の土曜スタジオパークの時は・・・」 「あん時は倉庫に連れ込んで説教を」 「説教すか・・・」 一体何を話したんだろうかという疑問が一瞬よぎったが、 わざわざ聞くのも無粋なのでとりあえずここは黙っておく。 「あぁあああ」 「!?」 山本がいきなり悲痛な呻き声をあげた。 香取が何事かと視線の先を振り返ると、 「・・・あ」 たま役の赤ちゃんをおんぶした藤原が楽しげに共演者たちと談笑していた。 その姿は確かに人目を引き付け、思わず「可愛い」と思ってしまう愛らしさに満ちていた。 と、 ふとこちらを見た藤原と目が合った。 藤原がにこっと笑い、香取も同様に返す。 そのまま振り返った香取は眼前の山本に 「今たっちゃんこっち見てましたけど」 「さっきからずっとだよ」 「気付いてたんですか!?」 驚愕の表情をする香取に、山本は当然という風に腕を組んでみせた。 それを見た香取はひとつの答えに行き着く。 「・・・山本さん、実はあんま悩んでないでしょ」 「何で」 「すごい楽しそうですもん」 山本は、そう？と言うと、にっと笑った。 「たまには追いつめられた心情に浸ってみるのも楽しいかなーと思って」 「はあ」 とりあえず事がそれほど深刻ではないと分かった香取は 肩の力を抜き、椅子に浅く腰掛けるように座り直した。 「気付いてたんなら何で何か反応するとかしなかったんですか？」 「竜也のこと？」 「はい」 「楽しいから」 「・・・（この人は）」 香取からの呆れたような視線を浴びながらも、 山本は素知らぬ顔で懐から取り出した台本を読み始めた。 香取もそれに習い、台本を取り出したところで ふと思ったことを口にする。 「手が出せないまんまでいいんですか？」 「・・・」 ゆっくりと顔を上げた山本は、 「やたらと突っ込むことだけが恋愛ではないのだよ」 片眉を上げ、何処かの文豪のような口調でそれだけ言うと 再び台本に目を向けた。 香取はしばらくその様子を眺めていたが、 やがて自分も台本に目を通し始める。 静かになったロケ現場の片隅で、 山本はちらりと藤原の方に目を向けた。 藤原は気付いた素振りを見せず、共演者達との話に ころころと笑顔を見せる。 「・・・意地っぱり」 そう呟いた山本の視線の先で、 「・・・どっちがですか」 藤原の口がそうなぞる。 それを見た山本は目を閉じ、人目につかぬよう ひとりほくそ笑んだ。 やたらと突っ込むことだけが恋愛じゃない。 なあ竜也？ END.
●あとがき● 「２月２８日」の続編です。 何というか、 山本さんは竜也さんを手の上で転がすように遊んで、 弄ぼうとするのですが、 竜也さんも素直に弄ばれたりしない、 むしろ機会さえあれば出し抜いてやろうくらい思っている、 それがまた山本さんには一層楽しい、 そんな関係なふたりが好きです。 まあそのうち手は出すでしょうけど（笑） なりゆきなりゆき（笑）