『助けてードザえもーん』 『・・・』 『何?』 『・・・木星探査SAS・・・』 『あっ見てくれたの!?』 『お前が意味深なこと言って帰るからだ!』 『あはは。でもちゃんと出てきたでしょ?ドザえもん』 『変な青い狸がいた』 『ドザえもんは狸じゃないよー。』 『似たようなもんだろ』 『アライグマだもん』 『・・・大差無いぞ』 『あードザえもん欲しいなあ。アスランよりすごいし』 『・・・お前、俺をあれと比べるのか?』 『何となく似てるじゃん、青いし』 『どこがだよ!だいたい青いのは髪だけだ!』 『助けてドザえもーんっ、アスランがいじめるーっ』 『キラ!』 『あははははっ』 「・・・スランっ、アスラン!」 「っあ?」 「・・・訓練、終わりましたよ?」 ニコルが、困ったような顔で笑っている。 視界が開ける。 ざわざわと部屋を出る人の流れ。 漂う熱気。 「・・・訓練」 「だから終わりましたって」 くすくす笑うニコルを何処か遠くを見るような目で見て、 「・・・そうか」 アスランは軽く頷くと自分も部屋を後にするため、出入り口に向かう。 ニコルがぱたぱたとついてくる。 (・・・・・・) 最近、意識がよく飛ぶ。 最初は、食堂を出て気付いたら部屋にいたとかそういったものだったが、 日を追うにつれだんだん酷くなってきている気がする。 訓練の最中になったのは今日が初めてだった。 「・・・ニコル」 「はい?」 嬉しそうに顔を上げるニコルに苦笑する。 「俺は、ちゃんと出来てたのかな、その・・・」 意識が無かったので訓練中自分が何をしていたのか分からない。 語尾を濁すアスランにニコルはにっこりと微笑むと大きく返事した。 「はい、いつも通り完璧でしたよ」 「・・・そう」 身体に染み込んだ動きは無意識の状態でも十分機能するらしい。 だがそれは今の段階では、だ。 このままでは戦場でまで意識を無くしてしまいそうだ。 (・・・怖いな) 戦場で呆然と立ち尽くす自分を想像して、自嘲的に笑う。 「じゃあ僕こっちですから」 自室へと向かう廊下の分岐点でニコルが立ち止まる。 「ああ・・・」 アスランも自分の部屋へ向かうために左へ向かう。 と、 「アスラン!」 呼ばれた名に顔だけ振り返る。 ニコルは言葉を探すように何度か口を開けたり閉じたりすると、 「いえ、何でもないです。ご飯、しっかり食べてくださいね!」 いつものように微笑むと背を向けて走っていった。 「・・・驚いた」 まさか食事を抜いていることに気付かれていたとは。 部屋に籠もってばかりいたのではニコルが心配するので一応毎日食堂には通っていたが、 実際にはほとんど何も食べずにただそこで時間を潰していた。 (侮れないな・・・) 何も言わず、にこやかに微笑む彼は今の自分をどう思っているだろう。 (まったく情けない・・・) また嘲るように笑う。 ある日、いつものように食堂で時間を潰していると 視察船が戻ってきたことを告げるサイレンが鳴り響いた。 「今回は随分早かったみたいですね」 トレイを片付けたニコルが近寄ってきた。 「ああ」 視察船は進路途中にある小惑星やブラックホールの実態を調べるために派遣される。 通常は一度出ると2週間くらい戻って来ないのだが、 今回は出てからまだ5日しか経っていないのに戻ってきたらしい。 だからといってどうということはない。 部署の違う船一隻、何日で戻ってこようが興味は無い。 はあ・・・。 アスランは深く溜息を吐くと席を立った。 「あ、アスラン、今行くと視察船の人たちと鉢合わせしちゃいますよ」 ニコルが助言の言葉をくれたが、アスランは無言で食堂を後にした。 身に纏わりつく倦怠感。焦燥感。 それらは着実にアスランの精神を蝕んでいっていた。 実際、意識が飛んだまま戻ってこなければいいと思ったことも何度もある。 意識が戻った時のあの絶望感。 何度経験しても吐き気がする。 「ちっ・・・」 またあの感覚が戻ったような気がしてアスランは軽く舌打ちした。 こうなってはもう何をしていても鬱陶しいとしか感じない。 (・・・今日はもう寝よう) そう思うものの、このままでは全く眠れそうな気配が無いので 医務室に行って睡眠薬を貰ってくることにした。 医務室の前まで行くと、探査中に怪我でもしたのか、視察船の兵士が何人かいた。 だが、様子がおかしい。 何やら心配げな様子で中を窺っている。 (うざいな・・・) しっかりと入り口をふさいでくれている兵士達を押しのけ、医務室の中へ入ると、 「君!!怪我でもしたのかい!?」 「え・・・いえ」 もの凄い形相で問い掛ける医務員にやや圧倒されながらも首を横に振る。 それを見た医務員はすぐさま身を翻すとこちらに背中を向けたまま続ける。 「悪いけど今立て込んでてね! 急ぎじゃなかったらまた後で来てくれないかい?」 「あ、はい。分かりました」 頷きながらも、一体何をしているのかが気になってその手元を覗き込むと、 「・・・キラ?」 点滴の管を通された白い腕を辿っていくとそこには2週間前に逃走した彼の姿。 だが、生気の無い青白い顔。 固く閉じられた瞳。薄く開かれた唇。 だらんと垂れ下がる白く細い腕。 2週間前とはまるで別人だった。 「・・・・・・キラ?キラ!!?」 派手な音を立てて周りの器具を倒しながらキラに掴みかかるアスランに 医務員が慌てて止めに入る。 「乱暴しちゃ駄目だよ!意識が無いんだ! 昏睡状態で、このままじゃ危ないんだよ!」 びくっ、アスランの動きが止まる。 「な・・・に・・・?」 目を大きく見開き、信じられないといった表情で医務員を見上げる。 「2週間、まったくの飲まず食わずの状態だったみたいだね。 脱水症状を起こしているし、血糖値が酷く下がってる。心音も弱い。 ・・・知り合いかい?」 「・・・・・・」 キラ・・・? これが? この人形みたいな身体のこれが・・・キラ? 知らず、その薄い胸元に手をやる。 トクン・・・トクン・・・ 生きてる。 だが何だ?この気泡のような弱すぎる拍動は。 「・・・キラ?」 血管が透けて見える程白い顔に手をあてる。 「キラ?聞こえる?」 「君、悪いんだけどとりあえず席を外してくれないか? 何か処置しないとこの子が・・・」 「キラ?聞こえてるんだろ?なあキラ・・・」 ゆっくりと額を心臓の上にあてる。 ああ・・・キラの匂いだ。 あんなに焦がれて止まなかったものがこんなにもすぐ側にあるのに、 (・・・・・・違う) こんなものが欲しかったわけじゃない。 こんなはずじゃないんだ。 キラ・・・ 「お前、何やってるんだよ・・・」 薄暗い医務室の中、点滴の落ちる音だけが単調に響く。 『点滴と心肺蘇生処置のお陰で血糖値、心拍数、共に正常に戻ったよ。 あと少し遅かったら駄目だったろうね』 先程の医務員の言葉を思い出す。 キラが運び込まれてから3日が経っていた。 相変わらず固く閉ざされたままの紫の瞳。 アスランは一日の大半を医務室で過ごした。 上官には体調が悪いと伝えてある。 幸い、特に大きな作戦も無いので軽く受理された。 「キラ・・・」 小さく上下する胸元を見つめ、顔を顰める。 (お前、元気になったんだろ?なのに何で・・・) 「何で目覚まさないんだよ・・・」 大きな大きな桜の木。 はらはらと花びらが舞う。 その根本に、背を向けて立っている少年。 はらはら こちらに気付いた少年がゆっくりと振り返る。 はらはらはらはら・・・ 大きな紫色の瞳が嬉しそうに細められる。 『アスラン!』 ふわり 風が舞う。 視界が遮られる。 見えない。 君が。 見えない。見えない。見えないっ。 『キラ!!!』 「っっ!!」 アスランは目を開けた。 覆い掛かる鬱陶しい前髪を掻き上げて辺りを見回す。 (夢・・・?) はっとして振り返ると、そこには変わらぬキラの姿。 「・・・っ」 ほっとしたのと同時に酷く落胆した。 何か変化があるのかと。 キラがここへ来てもう9日。 『身体はもう完全に回復してるはずなんだよ。 それでも目を覚まさないっていうのは・・・ 何か悪夢にでも捕まってしまっているのかな』 『悪夢・・・』 『そう。目覚めたくない何かがあるのかもしれないね』 『・・・・・・』 俺が、いるから? 俺がいるから起きたくないのか? 枕に流れる柔らかな髪を梳く。 指に絡むことなくするりと抜けるそれはまるでキラそのもののようで。 やっと捕まえたと思ったのに あっという間にひらりと逃げ出して 戻ってきたと思ったら その綺麗な瞳は自分を映さない 「・・・っ」 ぎりっ 口の中に血の味が広がった。 その鉄臭さに顔を顰めてベッドの側の椅子に腰を下ろす。 「キラ・・・」 もう数え切れない程読んだ名前。 「絶対俺のが名前呼んでるよな」 苦笑するように呟いて、ふと真顔になる。 パスワードは”タイムマシーン” ある種分かりやすい、バレてしまう可能性の高いその言葉を彼が敢えて選んだ理由。 『タイムマシーンが欲しい』 そこまで、そこまで過去に固執するならいっそザフトへ来ればいいのに。 ここならあのときと同じようにまた笑っていられる。 ふたりじゃれ合って、たまに喧嘩して。 あの頃をもう一度つくれるのに。 (・・・それが出来ないのがお前だよな) 目の前に守りたい人が、失いたくない人がいる。 キラはその人たちの為に親友に銃口を向ける。 もし最初からキラがプラントにいたら、そうしたらきっとこんなことにはならなかった。 キラはただ目の前にいる人たちを守っているだけだから。 キラは優し過ぎるから。 だからそれでもまだ固執する。 離れられない。 戻りたい。戻れない。 『助けてードザえもーん』 『何となく似てるじゃん、青いし』 タスケテ、アスラン 「ーーーーーーーーーーっ!」 ガターンッ!と大きな音を立てて椅子が倒れた。 気付かなかった。 気付いてやれなかった。 キラはあんなにも苦しんでいたのに。 不器用なりにあんなに訴えていたのに。 決して口に出来ない思いを、願いを。 キラ、聞こえる?なあキラ・・・。 悪かった、俺が悪かったよ。 お前、あんな訴えてきてたのに、俺、全然気付けなくて。 でもだってお前、あんな遠回しじゃ分かんないよ。 ・・・・・・キラ? 「タイムマシーンでもどこでもドアでも何でもつくってやるから、 俺がお前のドザえもんになるからっ」 だから 「目ぇ開けろよっ・・・」 ぴく 血管の透けた瞼が微かに動いた気がした。 「・・・キラ?」 視界がぼやける。 見間違いかもしれない。 だってすべてが揺れて見えてる。 お前の口元が今にも動きそうに見える。 「キ・・・」 「ここ、どこ・・・」 掠れた、声。 「キラ!!!!」 「・・・アス、ラン?」 開かれた紫の瞳。 ゆっくりと俺を見上げる・・・。 その瞳が大きく揺らぐ。 途端溢れる涙。 目尻を伝い、流れ落ちて枕に染みをつくる。 「なんで・・・僕、生きて・・・」 「!!!キラっ・・・!!」 前よりも更に細くなった身体を力一杯抱き締める。 その痛みに小さく悲鳴が上がる。 だがアスランは手を緩めない。 「お前、何考えてるんだよ・・・! 何でまた漂流なんかしてるんだよ!馬鹿じゃないのか!」 細い肩を折れそうな程強く掴んで思いつくままに言葉を並べる。 「もしあのまま視察船に見付けられなかったらどうなってたと思ってるんだよ! しかも何9日も寝てるんだよ! 俺がどれだけ心配したと思ってるんだ!! ・・・・っ! 何でっ・・・なんで生きてるとかそんなこと言うんだよ・・・!!」 腕の中でキラの肩が小さく揺れる。 弱々しくアスランの身体を押し戻し、項垂れる。 「だって・・・」 点滴の繋がった腕が青白い顔に押し当てられる。 「だって、僕、もうどっちにも戻れな・・・っ」 「ーーーーーっ」 嗚咽を上げて泣きじゃくるキラを愕然と見下ろす。 「ひっ・・・う、っ」 「・・・キラ」 触れようと手を伸ばすと、バシッと勢いよく払いのけられる。 「触らないで!! このままじゃ僕はっ・・・!」 「嫌だ、触る」 「アスランっ!」 抵抗してバタバタと暴れるキラを押さえ込むとそのままベッドに押し倒す。 「触ら・・・ないで・・・」 小さく震えるキラの耳元にそっと口をあてる。 「キラ・・・お前の仕掛けたロック、まだ有効だよ?」 大きく見開いたキラの目がアスランを捉える。 それを見て思わず口元に浮かびそうになる笑みを押さえ、 「まだイージスのパスワードしか解明出来てない。 だからしばらくは出撃出来ない」 ・・・それもそう長くは無いだろうけど。 心の中でそう付け足して、続ける。 「A.Aは地球に向かってるんだろ? 全部解析終えてから追いかけたんじゃあ追いつけないよ。 そして現に今、動けずにいる」 「・・・・・・」 「大丈夫、お前の友達、無事に地球に着けるさ」 「・・・アスランは、それで、いいの・・・?」 「どうにもならない事だからね」 「・・・・・・」 キラに言ったことは勿論嘘だ。 もうすぐパスワード解析もすべて完了する。 (優しさではお前を繋ぎ止められないなら、俺は・・・) 二度と戻ってこないと思ったぬくもりが今腕の中に。 それをむざむざ手放してやる程アスランは自分の欲に淡泊ではなかった。 手に入れるためならどんな嘘だって吐く。 「ね、キラ」 「アス・・・ランっ・・・」 ほら、堕ちた。 もう絶対放さない。放してあげない。 あんな絶望、もういい加減うんざりだ。 可愛い可愛いキラ あの頃にはもう戻れないよ 君がそうさせたんだ でも 今も 昔も 「キラ」 愛しくて堪らない君。 END.
●あとがき● 内容ぐだぐだ・・・無理ありすぎ;;